ダルニー奨学金とは?

 「ダルニー奨学金」とは、タイ王国でももっとも貧しいとされる東北地方(イサーン)の子供達の為の中学校進学奨学金援助機構です。イサーンでは、一家の現金収入が都市部の 1/10 〜1/20 程度で、多くの子供達が家計の為、小学校卒業後あるいは在学中ですら労働に従事するケースが珍しくありません。日本への出稼ぎで風俗営業に従事せざるを得ない女性達も多くはこのような経歴を持ちます。日本ではごく当たり前の中学進学すら諦めねばならない子供達が非常に多いのです。さらには、このところの経済危機で、途中退学を余儀なくされる子供達が7〜8%にも上ることが現地より報告されています(1999年調査)。また、隣国のラオスでは更に悲惨な状況にあります。

 日本民際交流センター」はこれら教育を受けられないアジアの子供達に教育の機会を提供しようと1988年(タイ奨学金)、1997年(ラオス奨学金)にこの事業を開始しています。現地の政府教育委員会、現地学校の先生方の協力を得て、バンコクに「地域開発教育基金財団(EDF)」を創設し、現地の人々による現地の人々の為の活動を指導することで、一定の成功を納めてきました。しかし、未だ実際には奨学生の数が限られている為、奨学金が得られず進学を断念せざるを得ない子供達が無数にいるとの奨学生を選抜している現地の先生方からの懇願も似た声が寄せられています。泣く々子供達を選抜せざるを得ない先生方にも現状を変える手だてが無いのです。(タイラオス地図はここをクリック)

  私たちの年1万円の奨学金による中学進学(3年間)によって、1人の子供の未来が確実に変わります。より多くの方々からの「ダルニー奨学金」援助を願うばかりです。

  なお「日本民際交流センター創設の事情」については、以下の代表者の手記をお読み下さい。

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ダルニー奨学金のはじまりダルニーちゃんとの出会い)
秋尾 晃正 (日本民際交流センター代表)
  
1987年の春、私達は当時タイからの留学生だったサクダさんと共に、 彼の父親の故郷であるタイ東北地方の農村を訪れました。村人達による歌と踊りの宴に加わり、言葉のわからない私達は隣にいた子供を膝に抱き上げ、楽しいひとときを過ごしました。

 翌朝、地元の小学校訪問の時、一人の女の子が、付かず離れず私達についてきました。その子は昨晩膝にのせていた子でした。私達は一緒に歩こうと誘いましたが、おずおずするばかりでついて来ませんでした。授業を参観中、彼女にまた会いました。日本のおじさんの膝に抱かれ、親しみを見せたことを隠すように、他の友達と同じように振舞っていました。彼女のいじらしさに心を打たれました。これがダルニーちゃんとの出会いでした。

 その晩、ダルニーちゃんのことが話題になり、彼女の将来をあれこれ想像しました。タイでも特に貧しい東北地方では、小学校卒業後の子供達の多くは口減らしの対象になり、義務教育ではない中学校には行かせてもらえず、すぐに働きに出ます。時には売られて行くことさえあります。これらの村々の社会状況を聞くにつけ、まさに涙を禁じえませんでした。
 

 翌日、村長さんがあるお母さんを連れて、サクダさんに相談に来ました。家が貧しく子供を中学校へ行かせることが出来ないというのです。サクダさんは1,500バーツ(当時約1万円)でこの子供を支援することにしました。『これなら私にもできる』と即座に私も教育支援をすることにいたしました。
 
 私達はその晩の話合いの中で、「貧しさから脱出するためには、 自らを助ける自力更正の意識が育つことが大切だ。物品や生活費援助は受ける側の依存心を高める恐れが強い。日本の価値観や文化を一方的に押し付けるのではなく、明日の次代を担う若者を育てるための教育が一番重要だ」という結論に達しました。

 ダルニーちゃんも中学校へ進んで明るい将来が開けるようにと、彼女にちなんで、この教育支援を『ダルニー奨学金』と命名いたしました。

 (日本民際交流センター、ホームページより抜粋)
 日本民際交流センターの詳細をお知りになりたい方は以下のアドレスをクリック下さい;

                 http://www.amy.hi-ho.ne.jp/minsai/

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