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遠州・越後ドナー連絡会戦記

(Part 1)

平成13年6月11日更新





この記録は、時は平成、晩春の越後に無謀にも攻め込んだ「遠州ドナー連絡会」の「向こう見ず」将軍・畑寛和氏と、越後の名だたる智将、「新潟ドナー連絡会」博士との壮絶な戦いを史実に少〜し基づき、多くを勝手に脚色し編纂したものである。従って、前回の「新潟NGO広告ブース展示顛末記(http://niidaren.hoops.ne.jp/Jihard.html)」同様に、資料としての価値ははなはだ低いと言わざるを得ない(平成13年5月27日)。

 遠ダレ軍襲来!!
 

「来たな、待ちわびたぞ!」

 私は新幹線改札口で鞄のサイドポケットから、用意した「新聞チラシ」を取りだし、自信に溢れた含み笑いを浮かべ、ダルニーちゃんの可愛い写真入りの「奨学金申込書」と共に頭上に高く掲げた。近所のマーケットの安売り広告チラシの裏の白紙面には「畑寛和様」と普段は人前では滅多に披露しない惚れ惚れする筆捌(ふでさば)きで敵将の名前が認(したた)めてあった。

 多くの仲間は私の筆捌きが判読できないと己の才覚の無さを露呈するのが常であるが、見る人が見ればその裏、そのまた裏の裏に(結局、裏だが)見え隠れする高潔な人格像すら読みとれるのである。何故か、多くはないが絵心のある理解者や、近所の幼稚園児達は私の筆捌(さば)きに賛辞を惜しまない。

 さて、戦(いくさ)の常識として、まずは出会い頭に相手を威圧し、萎縮させておくことが肝要である。このチラシの裏に認(したた)めた見事な筆捌きも相手を威圧する為の心理作戦の一つである。また、同時にその反応から相手の器量も併せて知っておく必要がある。これらを怠る戦に勝利はない。何度も怠ったので良く分かる。

 敵将は未だ四十代と聞き及んでおり、あの「電子掲示板」とやらでの浮いた語り調では、さしたる軍歴とも思えない。おまけに、昨夜は不覚にも佐久ダレン軍の酔将KC殿と同席し、翌日の越後戦を前に美酒に溺れる愚を犯したとの内通電子情報もある。

 私は昨夜、プレゼントシールを集める為もあり、いつもは3缶は飲むエビスの350mlをたった1缶だけで我慢したのに・・・クソ〜ッ、美味し〜い酒に奢れ溺れる遠 ダレ軍などに勝利などないのだ!昨夜飲めなかったビールと、なかなか当たらない賞品の「ビールサーバー」の恨み、メチャンクソに叩きのめしてくれよう!!

「はっ・・・!いかん、いかん、落ちつかなくては。これではいつものように自ら術中にはまってしまう」

 私を一瞥し、首を傾げながら私の脇を通り行く乗客を後目に、落ちついて敵将の出現を改札口にて待ちかまえる。何がおかしいのかクスクス笑いながら通り過ぎる娘っ子どもは、多くの場合「可愛娘ちゃん」であることは稀である。

 「!(き、来た!)」

 バレーボールのコーチとは聞き及んでいたが、私と同じように年甲斐もなく若ぶってジーンズで身を固め、肩にはリュックザックなどを下げている。遠足にでも来たつもりか!?しかし、一瞥するにスポーツマンらしくない、お腹のすこし弛(たる)んだごく普通の小父さんではないか。内通情報では「二日酔い」のはずだが、しっかと我がチラシに目をやり、こちらへ歩み寄ってくる。

「博士ですか?遠ダレの畑です、初めまして。あの〜このチラシ・・・」

 早速に我が筆捌き気付くとは、た、ただ者ではない!

「あの〜・・・裏返しのようですけど・・・」

「エッ?!(あ〜ッ!!し、しまった、これではマーケットの中国産ネギ・シイタケとタイ産オクラの安売り宣伝になってしまった!いかん、落ちつかなくては!)」

 「はは、さすがやはり、き、気付かれましたか(誰でも気付くわい!)。初めまして新潟ドナー連絡会の博士です。いやあ〜、これ?冗談です、冗談・・・はは、緊急輸入制限条項ですかな、はは(しまった、何を訳のわからんことを)」

 「いや、透けて名前が読めました。こちらこそ初めまして」

 裏返しに私の筆捌きを読んだと云うのか!?た、ただ者ではない!きっと頭の中に鏡を備えているやもしれん。いや、あるいは、そもそも裏返しで歪んだ万華鏡か凹凸ミラーの様な人格かもしれない。油断は禁物である。

 かくして最初の出会いはほぼ互角な睨み合いと云えるものとなった。しかし、ど、どちらかと言えば、我が方が優勢であろうことは疑いない。
 


 越後奇怪博物館
 

 車は、春爛漫の阿賀野路を会津方面へと遡上する。我が嫡男(ちゃくなん)の運転にて、最初の戦場は、越後の豪農「伊#家」の邸宅と、かねてから決めてあった。越後はお茶栽培の北限ではあるが「伊#園」ではない。

 越後屈指の地主で豪農であった伊#家の嫡男であったB氏は、その先代共々放蕩の趣味がたたり、文化財は集めたが、結果として、家の財を潰した典型的能天気文化人とも言える逸材である。

 B氏は何を思ったのか、自分の邸宅と財を含めて財団化してしまい、その名に事欠いて「####博物館」と命名した。「越後極楽トンボ」とも噂される点で私と共通点が無いわけでもなく、両者共々いつかは越後の奇人・変人にノミネートされる可能性は大いにあると断言できる。

 また、B氏は、遊学先のアメリカにて伴侶を獲得し、日本に連れ帰っている。あ、あれ?そう云えば確か似たような話を何処かで聞いたことがあるぞ。あッ!秋尾代表も・・・し、しかし、「酔狂の巨人」となるか、「優しき巨人」となるかはその伴侶しだいなのかもしれない。その点、我が愛妻は・・・や、やはり、この話題はこのくらいにしておこう。

 話がそれたが、邸宅内には一見どころか、全くまとまりのない日本を始め世界の古美術品が陳列されてあり、純和風田舎建築とのアンバランスが何とも云えないクサイ魅力をかもち出している。実際、なんと評して良いか言葉が見つからない。

 明治の日本美術史家、岡倉天心(1862〜1913)が同席していたなら恐らく錯乱、発狂していたであろうことは間違いない。しかし、畑将軍にあっては、その気配すら感じさせない。何やら興味深げに各部屋の陳列品を眺めながらにこやかである。その後に続きながらも次第に不安にもかられてゆく・・・。
 

「(この人、分かってるのかしらん?私なんか全然理解できない・・・??)」

 江戸時代の生活・婚礼用品、古代中国の磁器、あ、オランダ製の特大オルゴール、国学者會津八一(秋艸道人)の書、ヒッタイト?のグリフォン像、捏造発掘かも知れない縄文時代の火縁土器や鏃(やじり)そして埴輪、古代エジプトの発掘物、この村の昔の過去帳や年貢帳、あれ〜ッ?かつてうちの大学にいた脳解剖学のさる高名な先生の資料まである・・・展示系列がメッチャ、クチャやん!
 
 
 
 手当たり次第何でもかんでも掻き集めて、展示したことだけは理解できる。しかも、収集傾向がハチャメチャ!最後の頃には頭の中から家庭未分別生ごみ箱の様に不可思議な発酵臭が発してくるようにも感じられる。熟々のカンチャナブリー産ドリアンでもこの異様な臭いにはかなうまい。

 冷や汗ものの展示物見物を付き合いながら、敵将畑殿の様子を窺(うかが)うに、まんざらつまらなそうでもない。はっきり言って、めっちゃ楽しんでいるではないか!

「あ、これ、これ、懐かしいなあ〜、あ、これ今買うと高いでしょうね〜」

 などと軽口を叩きながら、まるで玩具博物館を回っているような気分でいるようだ。展示物も展示物だけに学才めいた感想も聞けるわけがない。奇想天外な組み合わせの展示物に、あるいは大広間には「吊り天井」が、はたまた壁には「ドンデン返し」の仕掛けが、とも思いたくもなると言うものだ。冷や汗をかきながらも邸宅内を見終わり、溜息を隠しながら屋外へと誘(いざな)う。
 

 一息つけると思いきや、これまた奇怪なる建物が我々を待ち受けていた。外形が三角形の離れの「茶室」である。三楽亭!?窓より覗くと、畳までが三角形(菱形)である!!置いてある茶器や釜は三角形ではないが、建て主の奇異性(はんかくせ〜*ではなく、三角性か?)を垣間見る事が出来る。

(*;北海道弁ゆえ、説明はみねははか、なっちゃんに訊ねてね)


 こんな奇怪な空間で落ち着いて「侘(わ)び」の風情で茶を立てたり、俳句なんか詠めるんだろうか?1人「侘び寝」なら出来そうだけど・・・でも、三角形の布団では枕をどこに置くのか迷うことにもなりそうだし、それを真上から見ると「ヘキサグラム(六線星)」の形じゃん?ユダヤの星か、魔法陣みたい?

 しかし、そんな雑念を払いつつも明晰なる我が頭脳は、半ば条件反射的に俳句を詠み始めている。文化人の宿命とはいえ備わった才能とは、げに恐ろしいものである。

『  三食や イサーン・ラオスの 千山甲 』

 あ〜ッ!雨期と乾期の季語が入っていない!やはり無理だあ〜!こんな所に長いしたら俳人どころか廃人か徘徊人になってしまう〜ッ。し、しかし、客人は、落ち着いた風情に浸ろうと焦る私を後目に舞い上がっているではないか?

「あれ〜ッ?!面白いですね〜、あ、雪見障子も三角形だ、面白いなあ〜、なかなか風流ですねえ〜(ど、どこが風流なんじゃ!!)」

 明らかに、遠州の客人は建て主の異様な趣味に心酔して、彼と同じ高さの視線で観察しているようである。奇怪(きっかい)で困った人格を敵将に回してしまったことを多少後悔しながらも、笑って誤魔化すこととする。

 

 恐らくここで撮影した写真の中の私の威厳と知性に満ちた微笑は多少引きつっていたであろうことは想像に易い。この場にアーネスト・フェノロッサ(Ernest, F. Fenollosa, 1853〜1908)が居合わせたならば、卒中と狭心症発作を起こしているところだ。痔瘻(ぢろう)だって再発するかも知れない。

 多くの教訓が得られた見学であったが、何よりも敵将のハチャメチャな一面を垣間みることが出来た点ではまずまずの首尾と言えよう。私とは正反対の人格と見るのが順当であろうか。かなりの「変人」である。しかし、未だ戦は序盤!本格的な戦はいよいよ怒涛の大上段へと入って行くことになる。

 



 清らかなる清水?
 

 エッ??あれ〜ッ?清らかだから「清水」か?可愛い「可愛い子ちゃん」なんて言わないなあ、確かに。しかし、博識な「博士」という言い方にはあまり抵抗を感じないから不思議だ。まあ、そんな事はどうでも良いのだが、我々を乗せた車は再三道に迷いながらも「越後三清水」の一つ、「岩瀬の清水」を目指したのだった。

 「カーナビ?」とやらを装備した車に乗っているらしく、道に迷った子息の運転に対する客人の鼻息は荒い。何処かで少し鼻を折っておかねばなるまい。しかし、カーナビとか云うは一体何であろう??「車に花火?」という組み合わせもちと不自然であろう。

 恐らく、地図を頼りに目的地を探す羅針盤かコンパスのような道具か何かであろう。世間から尊敬を受ける大学人にとって、この程度の推理はおちゃのこさいである。なあ〜んだ、それなら愛妻の運転でいつも助手席に座る私がやっている役目ではないか!そんなものに無駄金を使うとは全く気が知れない。私などはいつも無報酬なのだ。

 そうこうしている内に、車は湧水口へと喘ぐように入り、「プスンッ!」というエンジン音を残して停まる。1,200ccに大の大人3人も乗っているのだから致し方ない。一人当たり400cc計算になるが、昨夜飲んだエビス・ビールよりちょこっと多い程度ではないか・・・あ、いかん、昨夜の悔しさを思い出しそうになる。落ち着かなくては・・・。

 雄大な越後の自然、五頭山頂から山麓へ数年の歳月をかけて湧き出る清水は、我が明晰なる頭脳の如く一片の濁りもなく、あくまでも清らかである。ここは、休日には髪にカールの巻いたスナックのママさん達が、お店で出す「水割り用の水」を汲みに集まる私のお気に入りの場所でもある。しかし、年末の集金時には決して近寄らないようにしていることも断っておかねばなるまい。

 トランクより3度までのリサイクル限度を5度までも使いきっている「自然に優しいペットボトル」を取りだし、今夜予定されている割烹での厳かな茶席の為の水を確保する。

 残念ながら今日は水場に奇麗〜で、色っぽ〜いママさん達の姿はない(つまんないの!)。しかし、決して彼女達の薄着姿を期待しての事ではないこともやはり「敢えて」断っておくべきであろう。

「ん・・・ん、美味しいですよ。ささ、どうぞ・・・」

 思わずその清水を味わいつつ客人にも薦める。

「では・・んん、ああ、旨いですね〜え」

 ゴクゴクと飲み干すかと思えば、寝入り前の「夜尿症」の子供の様にコップにちょこっと口をつけただけ・・・。気に入らないのだろうか?こんなに美味しい清水なのに、何故だ??あるいは毒でも盛ったと疑ってでもいるのか?

「・・・!(わ、判ったぞ!)」

 そうだ!絶対そうに違いない!この場所へくる前に、「地ビール館」の前を車で通った際、帰路にそこへ寄ることを伝えたのだった。その地ビールに照準を定めているのだ!!なんという筆舌しがたい酒飲み根性だろうか!昨夜の信州の酔将KC殿との狂宴の直後だというのに既に回復し、次の美味し〜い地ビールに卑しくも照準を合わせているのだ!恐らくこの客人の頭の中では既に越後のトリプル地ビール獲得を目指して「スロットマシーン」のように機軸が回転しているに違いない。

 私は不覚にも、既にコップに2杯も一気に頂いてしまった。ここにスナックのママさん達がいてもいなくても、ウイスキーさえ入っていなければ勘定も取られないことだけを無意識的に考えていた為の不覚であった。ミクロ経済学的には非常に優(すぐ)れた発想であったが、敵将の存在をつい忘れていた。

 これではみすみす敵将に「ビンゴ〜ッ!(瓶ごと〜ッ?)」をくれてやる様なものだ。おのれえ〜、なかなかやるではないか!次の戦場では目にもの見せてくれよう・・・。


 白鳥のビール
 

 たっぷりした腹を更に「岩瀬の清水」でタプン、タプンにされ、約束した地ビール館「瓢湖屋敷の杜ブルワリー」に到着する。私のお腹を満たしたと同じ清水を使い、「ハニー家」裏手で栽培されているかも知れない埼玉県産麦芽とドイツ産アロマホップにて醸造された「アーバン・エール」は絶品と称されるが、私は苦味の効いた「ペール・エール」にメチャ目が無い。

 「みねはは」とのバトルの「民際公認ビール」に指定されているという「ビンタン・ビール」で鍛えられた客人の腕前(喉前?)をとくと拝見しようではないか。

 別名「スワン・ビール」とも称されるのは、世界禁煙デー用・ビール(喫わん?TAK用?)だからではない。シベリアより飛来する「大白鳥」が越冬する「白鳥の湖」として知られた「瓢湖(ひょうこ)」が近くにあることによる。しかし、最近ではその他の渡り鳥が多くなり、今では「JR渋谷駅前」か「江ノ島東海水浴場」はたまた「タイすき鍋」の様に混雑した「鴨達の湖」と化している。

 この湖を訪れる双眼鏡を携えた「愛鳥家」は鳥達の観察の後、必ず名物の「鴨鍋」に舌鼓を打ち、犠牲となった鴨達の冥福を祈るという心温まる場所でもある(ついでに身体も温まり、地元も「お足」で暖まる)。津軽の「雁(がん)風呂*」の心にも通じる日本の美しい風物史であろうか。また、遥々鳥達によってシベリアより運ばれてくる「インフルエンザ流行」発祥の地の1つとしても密やかに語り継がれる地でもある。

(*「雁風呂」;渡りの際、雁(カリとも言う)は海上で羽を休める為、自らの身体を預けられる木の枝1羽1本を嘴にくわえて運ぶのだという。冬の津軽の海岸に打ち寄せられた枝の数は旅の途中力尽きた雁の数を表し、地元の人はその枝を集めて風呂を焚き、それら雁達の冥福を祈るのだという。オッホン!)

 友人の小児科医院で子供達や乳幼児を抱いた若〜いお母さん達に混じってワクチン注射を毎年欠かさず受けている私はインフルエンザの心配もなく、この地に立つと「花鳥風月」や「日本の心」のみが蘇り、本来の荘厳な己を取り戻すことが出来る。

 しかし、遠州の客人においてはその目に落ちつきを失っているようにも感じられる。湧水からここに至る道、時々後部座席から「ゴクッ!」と聞き慣れない音を何度となく聞いたのは幻聴であろうか?そうこうしているうちに地ビール館へと到着する。
 
「さ、着きました、入りましょうか」

 車を降りる際「タプン!」という音が何処(いずこ)となく聞こえてくる。古池に蛙(かわず)でも飛び込んだのであろう、風流な音である。こんもりとした林に囲まれ、微かな虫の羽音さえ聞こえてきそうな静寂である。晩春の新緑の中に、そのブルマーじゃない、ブルワリーの建物がコラートの「ピーマイ遺跡」のように簡素に、かつ静かに佇(たたず)んであった。

 建物の入り口では、ガラス張りの大きな醸造用タンク室が我々を迎える。現在の生活ペースを続けた場合における将来の自分の腹部を予想させるような「たおやかな曲線」を備えた黄金色のタンクの光沢が鮮やかである。内部にはカウンター席と幾つかのテーブル席が用意されており、珍しく来訪客は少ない。緑に囲まれた裏庭にパラソル付きのテーブル席を見つけ、独断で屋外の席にする(見〜っけ!!)。

 私は、何故か日除けのパラソルには幼少の頃からコンプレックスがあり、それを見つけると無性にその傘下に入りたくなる。日除けパラソルを持参しない海水浴には絶〜ッたいに行かない。そうでないと、他人のパラソルに入りたくなる欲求を抑え切れない。そこに可愛い娘ちゃんが群れていればなおさらである。

 一度、正式な精神分析が必要とも思えるが、取り立てて恥ずかしいことでもなく、また世間の実害ともならない性癖なので要治療ではない。以前、さる新米の精神科医が「日除けパラソル」と「女性のスカート」との相同性を偉そうに私に向かって説いていたが、そんな彼に未来はない。それはともかくも、屋外のパラソル席があってすんごくハッピイ〜である。

 さて、席に付いた客人もやはり私と同じ性癖があるのであろう、満面笑みである。また、ここではビールを幾ら飲んでも、帰路の運転には支障がない(懐には支障が出る)。運転してきた我が嫡男は23歳になっても酒は1滴も飲まないという酒飲み親父のアッシー君として優れた体質であり、それ故の同行となったのだった。さて、最初私は迷わずペール・エール、嫡男はケーキ・アラカルトとアイス紅茶、肝心の客人は迷っていたが、

「ん〜、じゃあ、最初は、「越ヒカリ・ビール」にします」

 ほ、ほ〜お、なるほど、「越ヒカリ」と「ハニー麦芽」をブレンド発酵させた新潟独特の味に挑んできた。初めてのイサーン訪問で唐辛子たっぷりの「ソムタム」とMr. ROI-ET推薦の「カイモッデーン」を注文するようなものである。しかし、果敢であり、敵ながらアッパレでもある。しかし、「最初は」と云うことは、恐らくこの後も次々と・・・次第に正体を露呈し始めた客人に安堵しつつも、若干の不安が無いわけでもない(はっきり言えばある!)。

 五島ダ連の「べべんこ殿」陣営への攻略の際にも、確か地元特産ビールある「海草ベール」を所望し、その後本格的な食欲が生まれたと聞き及んでいる。また、懐中にはあの酔将KC殿、推奨の信州の媚薬、で、ではなく秘薬「百草丸」を秘かに持参しているに違いない。あるいは、不吉な徴候かもしれないが、もはや後の祭りかであろう。そして、一瞬脳裏をかすめたこの微かな予感は同日夜半過ぎに立証されるとは、この時は予想だにしなかったことを白状しなければならない。

 さて、オードブルには同じくこの地の清水と地元大豆にて作った「川上豆腐のマリネ*」「お手製ソーセージ盛り合わせ」などを注文する。この名物豆腐も絶品である。しかも、近くの村杉温泉にあるこの川上豆腐店に出向いて買うと店頭に「おから(ふすま)」が山と積んであり、ただで幾らでも貰えるのだ!我が家など1週間毎日「おから」料理であったこともある。その後暫くは「大豆畑」や「足の裏」すら見るのも嫌だったことを鮮明に憶えている。

(*;薄切りの豆腐にて、やはり薄切りのトマトやお好みのタマネギ、ピーマンなどの生野菜、生ハム(スモークサーモンでも)、ふんだんの粉状パルメザン・チーズなどにレモン汁を振りかけてサンドイッチ状に挟み、。表面にはハーブ、オリーブを置き、イタリアン・ドレッシングで冷たいうちに頂く。普通の木綿豆腐では水っぽいのであらかじめ布巾で包み水気を抜いておく。普通は硬豆腐のような重いクリーミーな豆腐を使うことが薦められる夏の涼々料理でした。なっちゃんのHPに載るかなあ?)

 グラスを重ねながら、緊張が解けてきたのか、単に酔っぱらっただけか、敵将の畑氏はケーキの処理に忙しい我が嫡男と話し始めた。私の腹部の曲線を見て(自分のお腹は棚に上げて)、バレー・ボールの話題はち〜っとも出さなかった客人は、遂にその矛先スパイク・シュートを我が子息へとぶつけてきたのだ。嫡男は中学時代からバスケット・ボールを嗜(たしな)んでおり、大学では膝の故障で第一線から遠ざかっているが、球技への同慶は深い。

 姑息な手段である。「将を射づば、まず馬を射よ!」との子供でも知っている格言を実行に移してきたことは間違いない。幼い発想である。し、しかし、我が嫡男は若く思慮も私ほど深くはないことに気づいた頃には、敵将の「もくろみ」にまんまとはまっているではないか。はっきり言って2人で盛り上がっている。

 私が同席していることも忘れ、バレーボールの話題で盛り上がっているのだ。ここはなんとか、私も話題に食い込まねばならない。ここは褌(ふんどし)をギュッと食い込ませ、いや、締め直し、口を挟む。

「・・・・」

 ・・・は、挟めない・・・。こ、こうして、敵将と嫡男の楽しい時間が過ぎていったのであった。いやあ、良かった、良かった・・・??

 いずれにしてもこの戦場でも、激しい戦いが展開された(どこが?)。しかし、ここは一歩譲り、「骨を切らして皮を切る」や「米百表」の例えもあり、ビンゴをくれてやろうではないか。いずれは手中に入る勝利ではないか、ははは・・・あ〜あ。


(次回”決戦「一言城」”の章は随時更新の予定)