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   別  

( Part II)

(主にヤソートン県の事例から)


イサーンの中等教育

近代の歴史(1950年代から現在まで)


 はじめに・・・

イサーン研修旅行に参加すると滞在する村の奨学生達の通学する学校を訪問することとなり、種々の規模の学校を見学する。大きな町や県庁所在地にある中学校と高校が併設されている大規模校、あるいは村にある中学校、あるいは幼稚園が併設されてある小規模小学校など地域によって様々な形態の学校の存在を知った。

 しかし、イサーンの教育制度の予備知識無しで訪れる私達ドナーにとっては瞬く間に終わる訪問時間であり、教育システムの理解が不完全に終わるのが常。多くの場合、言葉の壁があり、理解出来ないのが我ながら情けなかった。

 そんな自身の経験や悔恨から、イサーンの教育制度を調べてみようと思い立ったのだが昨年の正月。あるいは、これから現地を訪れるドナーの方々にも役に立つのではと感じ、思いつくままに古いメモ帳や資料から稿を起こしてみた。イサーンの中等教育(中学校)を中心にした駄文であるが、奨学生の大部分が中学生であり、またドナーの方々の関心が最も集中すると思われるイサーンの中学教育に関して、その歴史から紐解いてみることにした(平成14年1月14日)。


 1950から80年

 冒頭で紹介したようにヤソートン県は1972年にウボンラッチャーターニー県より分離した県である。ヤソートン県に最初の中学校が出来たのは1949年で、二、三番目がそれぞれ1957、1963年であったという。当時(1960年)のヤソートン県の人口は約25万人*であることからも、その少なさが理解できる。その後十年間、1970年代は三校の時代が続き、中等教育はごく限られた子供達のものであったらしい。村落においても、現在四、五十代以上の村の大人達では小学校卒**という学歴がほとんどである。

(* 元田時男著「タイ国経済データベース」よりの人口密度からの算出推定人口、現在は約56万人。http://home.att.ne.jp/yellow/tomotoda/index.html)

(** 当時は4年生までが義務教育であった。この頃、小学校5・6・7年課程や中学校は限られた町にしかなく、そうした町に親族縁者のいる子どもだけが進学することができたという)


 1980から2000年:

 この時期、ヤソートン県においては小学校が400校弱、中学校が120校強となり、農村の子どもが遠隔地の親戚縁者を頼って下宿しなくても居住地域近くで中学教育が受けられる外的条件が徐々に整備されてきた。これには、道路事情の改善、通学用自動車(トラックを改造した乗合自動車*)、バス路線の増加など交通手段の普及などが子供達の通学をより便利で安全に通学出来るようになったことも中学進学率に大きく貢献した。また、大人たちの教育に対する意識の変化から村による学校の誘致運動なども各地で展開され、大きな社会的うねりとなった。

(* 写真はソーンテーオと呼ばれる子ども達の通学用の足です。95年に慶句さんが撮影したものです。でも、超満員、15、6人は乗ってますよ。すごいね・・・イサーンの子にはいつも驚かされる)

 多くの場合、当時は中学校に行くバス路線がなく自転車で小一時間かかり、しかも人家のない灌木の広がる荒野を通学するため危険であり、女子生徒はグループで登下校して安全を確保せねばならなかった。また、通学路は未舗装のため雨期にはぬかるみ、冠水した道路となって通行できなくなる箇所さえあった。たとえ親に進学意欲があったとしても、こうした交通事情の悪さが大きな阻害要因となり、中学進学率は 90年代に入っても 30〜40%と低迷する地域もあったという。

 教育のレベルによって、職種や賃金にも格差が存在することを親達が理解し始めたことが大きな進学要因となった。また、村社会においては、村内婚などの事情で村民同士が何らかの縁せき関係でつながっている場合が多い。従って、教育に関する情報を共有しやすい社会状況であったことが効を奏したのではないか。一度、そうした意識の変化が生まれると情報は口コミで容易に広がり、村全体の教育に対する意識がまとまり易かったとも思える。

(上の写真はYK氏提供のローイエット県のある村の小学校の校舎。一見して老巧化が進んでますね、2001年)

 しかし、その結果、教育資金や諸経費、すなわち現金収入の必要性が急遽現実問題として浮上してきたこともこの時期の変化の大きな特徴といえる。いうならば「地域的格差」から、「経済的格差」へと進学率の性質が変化した時期でもあった。「民際交流センター」がウドンタニー県において活動*を開始した1980年代は、まさにそんなイサーン中等教育の激変期と言えるかもしれない。

(*1987年に奨学金を準備し、1988年に41名のダルニー奨学生達への支援が開始された)

 右の写真は奨学金通帳を中学に入学したダルニーちゃんに手渡す秋尾晃正代表(1993年ウドンターニー県、民際広報ドナー慶句さん撮影。12月の毎日新聞新潟版にも掲載された写真です)


 現在:

 タイの中等教育システムは、その後も規模・質共に拡大を続け、現在、以下の三つの中等教育部門にまたがるに至っている;
 

「教育省普通教育局」が管轄する既存の中学校「既存中学校」

「国家初等教育委員会」が管轄し小学校に設置される中学校「併設中学校*

「インフォーマル教育局」管轄の「社会人、働く子供達を対象とした土・日曜中学校**)」
 

* この中学校は授業料、一部給食費が免除されているが、教材や制服などの補助はない。また、この方式は中・高校併設校のかたちでも実施されており、比較的大きな町、県庁所在地ではこの形式の学校が存在する。また、小学校においては幼稚園が併設されているのが普通である。イサーンにおける中・高校併設校の学校数に関しての資料は不明)

(** このタイプの学校は、日本式に言うならば「定時制中学校」であり、最短一年半で中卒の資格をとることも可能とのこと。施設も既存の学校を使う。中学校を途中退学し、復学できるケースでは、このタイプの学校に通学することになると思われるが、情報不足につき詳細不明)

(右の写真は併設中学校校舎前に立つドナー(中央)と先生。この校舎は立派ですね。新築かな?)

 タイの中等教育において中心的役割を担っているのがこの「併設中学校」である。この初等教育機関(小学校)に中等教育(中学)を併設する中学校は、タイ独自のシステムとして導入されたユニークなものである。このシステムは、通学距離問題、中学教師数不足問題に一応の解決を与えたものと言えるが、教材の充実や小学校教師を対象とした中等教育研修*など、教育の質の向上にむけた様々な試みは現在も継続中とのこと。
 

(*  中等教育の専門教員数は決定的に不足しており、既存の小学校教員を中等教育担当とせざるを得ない状況にある。その為、小学校教員を対象に中等教育研修が現在でも行われているとのこと)

 しかし、この「併設中学校」の教育の充実度は既存中学校、中高併設校に比べて低いものとならざるを得ない事情( 教育設備・教材、教員数、教員の能力など)現在でも残存しており、より質の高い教育を望む親は「併設中学校」を敬遠し、遠方でも「既存中学校」あるいは「中高併設校」へ進学させる傾向が存在するとのこと。また、教員の定数を満たしている学校は全体として見ても非常に少ないことは研修旅行の学校訪問時に良く聞く話である。
 

(写真は世話人奨学生の併設中学校の先生達。手紙では校長(左端)を除くと計8名?の教員によって教育が行われているという。なお、英語担当は兼任で1人とのこと。2000年ウボンラッチャーターニー県)

 実際、研修の折り学校を訪問してみて私達ドナーにも容易に理解できるのは、「英語教育」に関する格差であろうか。「併設中学校」と「既存中学校(あるいは中高併設校)」においては、英語教員数・能力に大きな開きを感じるのは私だけではあるまい。

 2001年の新潟ドナー研修の際にも、「中高併設校」においては3〜4人の英語担当教師がおり、能力も非常に高かった。実際、英語会話にて総てが事足りた程であった。学校側からの要望にも教材・図書不足は勿論のこと、「併設中学校」においては教員数の不足、特に英語教員の不足が挙げられてくることが希ではない。

 このような中等教育システムの充実、社会基盤の拡充によって、イサーンの中等教育問題は軽減されたかに見えるが、「ダルニー奨学金」を始めとする多くの奨学金制度が、これらの変化にも取り残されてきたより貧しい家庭の子ども達の中学進学を可能にし、生活レベルの向上に貢献してきた事実をイサーンの中等教育の歴史から忘れることはできない。



 補遺

 イサーンの「学習塾」というと「まさか!」と思われるが、土曜、日曜日には寺院の主催する「休日教室」が実施されているという。内容は寺、地域によって異なるが、宗教教育、社会教育、職業技能教育などがカリキュラムとなっているという。教師たちが引率して連れて行くこともあり、子ども達にもおおむね好評とのことで、日本の学習塾とは少し性格が異なる。

(写真はイサーンではなく、北部タイ、パヤオ近郊の村での日曜学校の様子。タイプライターと格闘している子ども達。「T-thai」http://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/2590/5-12.html よりご好意で引用)
 

 私が子どもの頃(昭和三十年代)には、やはり近所のお寺にて「書道」を習った経験があるが、最近の日本のお寺では子ども達に何を教えてくれるのでしょうか???



 次回は子ども達を取り巻く「言語事情」について特集の予定です。